大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和33年(う)481号 判決

控訴人 被告人 福盛彬純

検察官 山根静寿

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人晴野道太郎が陳述した控訴趣意は記録に編綴の同弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

右控訴趣意第一点について。

原判決の挙示した証拠を綜合すれば、被告人は昭和三一年九月一〇日午後六時三〇分過頃、福岡市上小山町山中電機商事前附近において、法定の除外事由がないのに自動車損害賠償責任保険証明書を備え付けないで自動二輪車(大分わ〇〇九六号)を運行の用に供したものであるとの原判示事実を認定することができる。所論は自動車損害賠償保障法第八条には「自動車損害賠償責任保険証明書を備え付けなければ運行の用に供してはならない」と規定されているが法の求めんとするところは自動車の事故に依る第三者の損害賠償を確保する為右損害賠償責任保険契約の締結を強制することを目的とするものであるから、これと殆んど性質を同じうする保険契約の成立を証すべき領収証を以てこれに替えることは法の精神に反するものではないから、原判示事実を認めた原判決は法令の解釈を誤つた違法があると主張する。そこでまず、(一)被告人が自動二輪車を運行した際所論のごとき自動車損害賠償責任保険契約の成立を証すべきものとする領収証を所持していたか否かにつき考えると、原審証人安部好、同合原昭之祐の各供述、原審における被告人の供述、原審において取り調べた日動火災海上保険株式会社の自動車損害賠償責任保険領収証及び朝日火災海上保険株式会社の自動車損害賠償責任保険証明書を綜合すると、被告人は昭和三一年三月頃、ライラツク号オートバイの販売代理店をしていた合原昭之祐からオートバイ一台(本件自動二輪車)を買い受けたが、その際かねて日動火災海上保険株式会社大分支部に勤務していた安部好から自動車損害賠償責任保険の勧誘を依頼され、同人の印を押捺した領収証綴を交付されていた右合原の斡旋で同月一一日右日動火災海上保険株式会社との間に前記オートバイについて自動車損害賠償責任保険契約をなし、保険料金八〇〇円を支払い、合原から保険料金額の記載を除いて所要の記入をした上記日動火災海上保険株式会社の自動車損害賠償責任保険領収証(番号〇〇七九二号)を受領したが、他方安部好は合原から引継をうけたにも拘らずその後の手続をしないまま、同年八月上記日動火災海上保険株式会社大分支部を退職し、ようやく合原の催促で調査の結果、被告人の保険料その他契約に関する手続が右保険会社大分支部にされていなかつたことを発見したが、当時安部は朝日火災海上保険株式会社の代理店をしていたところから、昭和三一年一〇月一日同保険株式会社と被告人の右自動車に関する自動車損害賠償責任保険契約を締結し、保険料金八〇〇円の支払があつたので、右朝日火災海上保険株式会社から被告人に対し同会社の自動車損害賠償責任保険証明書が発行交付されるに至つたことが認められる。もつとも、当審において取り調べた日動火災海上保険株式会社大分支部長福島好陽の福岡高等検察庁検察官に対する自動車損害賠償保険領収証に対する件回答と題する書面によれば安部好は上記のとおり、日動火災海上保険株式会社大分支部を退職した際、同会社から自動車損害賠償責任保険領収証の返納を要求されるや、自動車損害賠償責任保険領収証(〇〇七九一号から〇〇八〇〇号まで)については覚えがない旨の申出をしたるも同会社では帳簿上同人が右領収証を預つていたのでこのことを確認させた上更に調査したところ、安部好は合原昭之祐に対し、自動車損害賠償責任保険の勧誘を依頼し右領収証を同人に預けているうち、同人がこれを紛失し会社に返納ができないことが判明したので同会社では安部好をして領収証紛失の念書を作成させて領収証に関する調査を打切つたものであることが認められる。これによると本件領収証(番号〇〇七九二号)は安部好や合原昭之祐において紛失したと称していたものにあたり、この間何らかの作為を疑わしめるものがあるばかりでなく、本件領収証には保険料の記載のないことをも合せ考えると、昭和三一年三月一一日日動火災海上保険株式会社と被告人との間に自動車損害賠償責任保険契約が成立し、被告人において保険料の支払をしてその領収証の交付を受けていたと認めるには更に一抹の疑点を加えるものの、領収証に保険料の記載の存しないことをもつてたやすく保険契約の成立を否定し去ることはできないし、又前記領収証に関する疑点もこれが真偽を断定しえない以上、日動火災海上保険株式会社と被告人との間に上記のごとく自動車損害賠償責任保険契約が成立し、被告人に対し保険料領収証が交付されていたものと認めざるをえない。しかし、被告人の検察事務官に対する供述調書によれば当時被告人が自動車損害賠償責任保険の保険料領収証を所持していてこれを警察官に示めしたとの供述記載があるが、一方被告人は原審第七回公判期日において右領収証は所持していたが警察官には示めしていない旨の供述をしていて、被告人の供述にくいちがいがあるばかりでなく、原審証人田頭三男に対する証人尋問調書によると同証人は司法巡査として本件について被告人を取り調べたが、被告人から右領収証を示めされた記憶はないと供述しており、被告人において上記領収証を自動車損害賠償責任保険証明書と同等の効力を有すると考えていたのであれば、当然これを警察官に示めして、自動車損害賠償保障法違反にあたらないことを主張したものと推測されるところ、記録上取調にあたつた警察官において被告人のかかる主張を抑圧するような態度に出たことも認められないにも拘らず、被告人が右の如き主張をしたことを認めるべき証拠もなく、その他被告人が本件当時上記領収証を所持していたことを認むべき充分な証拠がないので、当時被告人は上記領収証を所持していなかつたものといわざるを得ない。(二)しかし、仮に被告人が当時該領収証を所持していたとしても同証をもつて自動車損害賠償責任保険証明書と性質を同じうするものと解すべき理由を見出すことはできない。

もともと、自動車損害賠償責任保険契約は自動車損害賠償保障法第一一条によつて明らかなとおり自動車の保有者が所定の損害賠償責任を負担した場合において、これによる保有者の損害(および運転者もその被害者に対して損害賠償の責任を負うべきはこれによる運転者の損害)を保険会社でてん補することを約し、保険契約者が保険会社に保険料を支払うことを約することによつて成立するいわゆる諾成契約である。従つて保険契約締結後において、いまだ保険責任の始期が到来しないのに、当該自動車の運行も可能ということになる。しかし、これは自動車の運行によつて人の生命又は身体が害された場合における損害賠償を保障する制度を確立することにより、被害者の保護を図り、あわせて自動車運送の健全な発達に資することを目的として制定された自動車損害賠償保障法(以下単に法と略称する。)の精神に反する。法は第五条において自動車はこれについてこの法律で定める自動車損害賠償責任保険の契約が締結されているものでなければ運行の用に供してはならないと規定し、又同保険契約を締結した自動車であつてもなお法第八条において自動車は自動車損害賠償責任保険証明書(前条第二項の規定により変更についての記入を受けなければならないものにあつてはその記入を受けた自動車損害賠償責任保険証明書。次条において同じ。)を備え付けなければ運行の用に供してはならないと定めて自動車についての保険契約の締結とその自動車に保険証明書を備え付けることを各別に規制しているのである。尤も法第七条第一項は保険会社は保険料の支払があつたときは保険契約者に対して当該自動車につき自動車損害賠償責任保険証明書を交付しなければならないと規定し、保険証明書の交付を保険料支払の後としており、保険約款上も責任の始期を保険料支払の時或いは保険証明書交付の時とすることを期待しているものと考えられる。これによると、保険料領収証があれば一応保険契約が成立しているものということができるので保険料領収証をもつて保険証明書に替えても何等支障のないように考えられるが、しかし保険料領収証は保険料を領収したことを証するもので保険契約の存在についての一応の証拠たるべき効力を有することは否定しえないものであるけれども、保険証明書のごとく保険契約そのものを表わして該契約の成立を証明するものではない。そこで法は特に保険証明書によつて保険契約を客観的にも証明すべきものとする一方、該証明書を備え付けなければ自動車を運行の用に供してはならないとして保険事故が保険者の責任の始期到来前に発生することを防止し、もつて法の精神を全からしめんとしているのである。のみならず上記のごとく法第八条において保険証明書につき特に「前条第二項の規定により変更についての記入を受けなければならないものにあつてはその記入を受けた自動車損害賠償責任保険証明書」を備え付けなければならないと定めている点に照らすと、保険料領収証と保険証明書とはその性質を異にしていることがいよいよ明らかであるといわなければならない。従つて保険料領収証と保険証明書とはその性質を同じうするが故に自動車の運行につきその前者をもつて後者に替えうるものとする主張は排斥を免れない。すると原判示事実を認定しこれを原判示法令に問擬した原判決は正当であり原判決には所論のごとき法令解釈を誤つた違法はない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第二点について。

しかし、本件記録及び原裁判所において取調べた証拠に現われている被告人の年齢、境遇、犯罪の情状及び犯罪後の情況等に鑑みるときはなお所論の事情を篤と参酌しても原判決の被告人に対する刑の量定はまことに相当にして、これを不当とする事由を発見することができないので、論旨は理由がない。

そこで刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却することとする。よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 中村荘十郎 裁判官 生田謙二)

弁護人晴野道太郎の控訴趣意

第一点原判決は法令の解釈を誤つた違法があると思料します。即ち原判決は「被告人は昭和三十一年九月十日午後六時三十分過頃福岡市上小山町山中電機商事前附近において法定の除外理由がないのに自動車損害賠償保険証明書を備え付けないで自動二輪車大分わ〇〇九六号を運行の用に供したものである」との理由を以つて被告人を罰金千円に処せられました。

自動車損害賠償保障法第八条には「自動車は自動車損害賠償責任保険証書を備え付けなければ運行の用に供してはならない」と規定されて居りますが法の求めんとする所は自動車事故に依る第三者の損害賠償を確保する為め右損害保険契約の締結を強制することを目的とするものであります。依つて証明書の備え付けなくとも之れと殆んど性質を同じくする保険契約成立を証すべき受領証を以つて之に替えることは法の精神に反するものではないと思料します。

第二点原判決は刑の量定が不当であります。原判決は被告に対し金千円の罰金に処せられましたが被告人は居村に於ける模範青年にて中堅指導者として人望があるものであります。仮令金千円と雖も罰金刑に処せらるることは純朴なる農村に於ては犯情の如何に拘らず他人の顰蹙を買い名誉を回復することは容易ではありません。加之被告人は農村青年にて法令に対する知識乏しく本件を犯すに至つた事をも御参酌の上刑の執行を御猶予あらんことを懇請致します。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例